大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成2年(オ)1444号 判決 1993年2月18日

上告人

遲立富

右訴訟代理人弁護士

永原憲章

藤原正廣

被上告人

社団法人

中華会館

右代表者理事

林聖福

右訴訟代理人弁護士

清水賀一

右訴訟復代理人弁護士

高木権之助

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消す。

前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人永原憲章、同藤原正廣の上告理由について

一原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、昭和四五年五月二三日、被上告人から、第一審判決別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を、建物所有を目的として、賃料月額六七六〇円で賃借し、右土地上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

2  被上告人は、上告人に対し、本件土地の賃料を、昭和五七年九月一三日ころ到達の書面で同年一〇月一日から月額三万六〇五二円に、昭和六一年一二月三〇日到達の書面で昭和六二年一月一日から月額四万八八二一円に、それぞれ増額する旨の意思表示をした後、本件土地の賃料が右各増額の意思表示の時点で増額されたことの確認を求める訴訟を神戸地方裁判所に提起した(同庁昭和六二年(ワ)第三六号、以下「賃料訴訟」という。)。

3  被上告人は、上告人に対し、賃料訴訟の係属中の昭和六二年七月八日到達の書面で、昭和五七年一〇月一日から同六一年一二月三一日まで月額三万六〇五二円、昭和六二年一月一日から同年六月三〇日まで月額四万六〇〇〇円による本件土地の賃料合計二一一万四六五二円を同年七月一三日までに支払うよう催告するとともに、右期間内に支払のないときは改めて通知することなく本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

4  上告人は、被上告人に対し、従前の月額六七六〇円の賃料を提供したが、受領を拒絶されたため、昭和五九年五月一二日に同年六月分まで月額六七六〇円、昭和六二年一月二八日に同五九年七月分から同六二年六月分まで月額一万一四〇円、昭和六二年七月一〇日に同年七月分から同年一二月分まで月額二万三〇〇〇円を、いずれも上告人において相当と考える賃料として供託した。

5  昭和六二年一二月一五日、賃料訴訟において、本件土地の賃料が昭和五七年一〇月一日から同六一年一二月三一日までは月額三万六〇五二円、昭和六二年一月一日以降は月額四万六〇〇〇円であることを確認する旨の判決がされ、控訴なく確定した。昭和六三年三月一日、上告人と被上告人との間で、賃料訴訟で確認された同六二年六月三〇日までの本件土地の賃料と上告人の供託賃料との差額及びこれに対する法定の年一割の割合による利息を支払って清算する旨の合意が成立し、上告人は右合意に従って清算金を支払った。

6  被上告人は、上告人に対し、前記の賃料増額の意思表示のほかにも、昭和四七年一月から月額二万二五三三円に、同五三年一月から月額二万六二八八円に、同五五年七月から月額三万一五四六円に各増額する旨の意思表示をその都度したが、上告人はこれに応ぜず、前記のとおり昭和五九年六月分まで当初の月額六七六〇円の賃料を供託し続けた。また、上告人は、本件土地の隣地で被上告人が他の者に賃貸している土地について、昭和四五年以降数度にわたって合意の上で賃料が増額されたことの大要を知っていた。

二原審は、被上告人の本件建物収去本件土地明渡等請求を認容した第一審判決は、賃料相当損害金請求に関する一部を除いて、正当であるとした。その理由は、次のとおりである。

1  借地法一二条二項にいう「相当ト認ムル」賃料とは、客観的に適正である賃料をいうものではなく、賃借人が自ら相当と認める賃料をいうものと解されるが、それは賃借人の恣意を許す趣旨ではなく、賃借人の供託した賃料額が適正な賃料額と余りにもかけ離れている場合には、特段の事情のない限り、債務の本旨に従った履行とはいえず、さらに、そのような供託が長期にわたって漫然と続けられている場合には、もはや賃貸人と賃借人の間の信頼関係は破壊されたとみるべきである。

2一記載の事実関係の下において、上告人が相当と考えて昭和五七年一〇月一日から同六二年三〇日までの間に供託していた賃料は、賃料訴訟で確認された賃料の約5.3分の一ないし約3.6分の一と著しく低く、上告人は、右供託賃料が本件土地の隣地の賃料に比してもはるかに低額であることを知っていたし、他に特段の事情もないから、上告人の右賃料の供託は債務の本旨に従った履行と認めることはできず、上告人が、被上告人の数回にわたる賃料増額請求にもかかわらず、約一二年余の間にわたり当初と同一の月額六七六〇円の賃料を漫然と供託してきた事実を併せ考えると、当事者間の信頼関係が破壊されたと認めるのが相当であり、本件賃貸借契約は昭和六二年七月一三日の経過をもって賃料不払を理由とする解除により終了した。

三しかしながら、被上告人の請求は理由があるとした原審の右判断部分は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

借地法一二条二項は、賃貸人から賃料の増額請求があった場合において、当事者間に協議が調わないときには、賃借人は、増額を相当する裁判が確定するまでは、従前賃料額を下回らず、主観的に相当と認める額の賃料を支払っていれば足りるものとして、適正賃料額の争いが公権的に確定される以前に、賃借人が賃料債務の不履行を理由に契約を解除される危険を免れさせるとともに、増額を確認する裁判が確定したときには不足額に年一割の利息を付して支払うべきものとして、当事者間の利益の均衡を図った規定である。

そして、本件において、上告人は、被上告人から支払の催告を受ける以前に、昭和五七年一〇月一日から同六二年六月三〇日までの賃料を供託しているが、その供託額は、上告人として被上告人の主張する適正賃料額を争いながらも、従前賃料額に固執することなく、昭和五九年七月一日からは月額一万一四〇円に増額しており、いずれも従前賃料額を下回るものではなく、かつ上告人が主観的に相当と認める額であったことは、原審の確定するところである。そうしてみれば、上告人には被上告人が本件賃貸借契約解除の理由とする賃料債務の不履行はなく、被上告人のした解除の意思表示は、その効力がないといわなければならない。

もっとも、賃借人が固定資産税その他当該賃借土地に係る公租公課の額を知りながら、これを下回る額を支払い又は供託しているような場合には、その額は著しく不相当であって、これをもって債務の本旨に従った履行ということはできないともいえようが、本件において、上告人の供託賃料額が後日賃料訴訟で確認された賃料額の約5.3分の一ないし約3.6分の一であるとしても、その額が本件土地の公租公課の額を下回るとの事実は原審の認定していないところであって、いまだ著しく不相当なものということはできない。また、上告人においてその供託賃料額が本件土地の隣地の賃料に比べはるかに低額であることを知っていたとしても、それが上告人において主観的に相当と認めた賃料額であったことは原審の確定するところであるから、これをもって被上告人のした解除の意思表示を有効であるとする余地もない。

四そうすると、原判決には借地法一二条二項の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由がある。そして、以上によれば、被上告人の請求は理由がないことに帰するから、原判決中上告人敗訴部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消した上、右部分に係る被上告人の本訴請求を棄却すべきである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三好達 裁判官大堀誠一 裁判官橋元四郎平 裁判官味村治 裁判官小野幹雄)

上告代理人永原憲章、同藤原正廣の上告理由

一 始めに

原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違反ないし重要な事項について判断を遺脱し、ひいては借地法第一二条第二項の解釈適用を誤った違法がある。

即ち、原審は、第一審判決をほぼ全面的に維持し、借地法第一二条第二項に基づき上告人が供託した賃料額が適正な賃料額と余りにもかけ離れており、更に、そのような供託が長期に亘って漫然と続けられていたことから、もはや上告人と被上告人の間の信頼関係は破壊されたと認めるべきものとして、被上告人のなした本件賃貸借契約の解除を有効と判断した。

しかしながら、借地法第一二条第二項につき、信頼関係理論を適用するとしながら解除の有効性の判断については、単に供託の額及び供託期間という借地人側の事情のみを考慮し、賃貸人側の事情を全く考慮に入れておらず、信頼関係理論ひいては同条の解釈適用を誤ったものである。

二 信頼関係理論

信頼関係理論について最高裁は(昭和二七年四月二七日民集六巻四号四五一頁参照)、不動産賃貸借契約の解除に関して「賃貸借は当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約であるから、賃貸借の継続中に当事者の一方にその信頼関係を裏切って賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為のあった場合には、相手方は賃貸借を将来に向かって解除することが出来る」と判示し解除原因(賃料不払、賃借権の無断譲渡、転貸、増改築等の用法義務、保管義務違反特約違反その他)を問わず、賃借人に債務不履行があってもこれが信頼関係を破壊するものでなければ不動産賃貸借契約は解除されない旨を累次の判例で明らかにし、不動産賃貸借契約解除については信頼関係理論が判例上確立されている。

ところで、借地法第一二条第二項は、昭和四一年に法改正により追加されたものであるが、改正前においては、地代、借賃等について紛争が生じ、借地人が従来の地代、借賃等を供託しているにも抱らず、賃貸人が増額要求額に満たないことを根拠にこれを債務不履行として契約を解除し紛争がよりエスカレートするケースが多かったため、法改正により立法的に解決したのが本項である。

本項の趣旨は当事者間において、増額につき協議が調わないときは、増額を正当とする裁判が確定するまでは借地人が相当と認める地代、借賃を支払えばよいということである。(借地、借家法 星野英一 法律学全集・一二七頁参照)

即ち、仮に借地人が従前の地代、借賃額を支払ったとしても、増額要求額を支払わないということを理由に賃貸人が契約を解除することを禁じたのが本項の趣旨であり、そのことから生じる当事者間の均衡を図るために但書において年一割の割合の利息の支払義務を課しているのである。

従って、「相当ト認ムル地代」の支払の有無及び不払による契約解除の適否についても当然「信頼関係理論」の適用されるべき一場合なのである。

本件でも上告人に解除を有効とする信頼関係を破壊するような賃料不払の事実があったのかどうかが問題となり、言うまでもなく信頼関係理論は、総合的な判断を必要とするものであり、単に、賃借人側の事情だけでなく、賃貸人側の事情をも考慮に入れた総合的判断が必要であるところ、前述のように原判決は、この点に関し単に上告人のなした供託の額及び期間という賃借人側の事情のみを重視し供託に至った経緯、その後の交渉過程及び本件被上告人の解除の態様といった賃貸人側の事情については、全く考慮を怠ったものであって違法といわざるを得ない。

三 「相当ト認ムル地代」の意味

同条二項によれば、地主から地代増額の請求がなされ、協議が出来ない場合においては取り敢えず借地人側で「相当ト認ムル地代」を供託すれば、将来裁判により適正地代額が確定した時に、適正地代額と供託額との差額に一割の利息を支払わせることによって、当事者間の利益調整は可能であるから、仮に供託額が適正地代を下回ったとしても借地人側の債務不履行はないということである。

ところで、「相当ト認ムル地代」の意味内容であるが、前述のように客観的な適正額でなく借主から自ら相当と認めるそれであり、原審も基本的には同様の解釈である。

ところが、原審は更に、「借主が相当と認める賃料とは借主の恣意を許す趣旨ではなく、借主の供託した賃料額が適正な賃料額とあまりにもかけ離れている場合には、特段の事情がないかぎり、債務の本旨にしたがった履行とはいえず、更にそのような供託が長期にわたって漫然と続けられている場合には、もはや貸主と借主の間の信頼関係は破壊されたとみるべきである」として、「相当」という基準につき、借主の主観を排除してしまっているのである。

然し乍ら、「適正な賃料額」というものは、増額請求をする者が裁判によって確定させない限り、借地人側においては判断し得ない事由であり、借地人の考える「相当ト認ムル地代」の額如何によっては、常に解除される危険を負うこととなる。

まして、紛争が長期化した、しかも、賃貸人側でいつまでも「増額ヲ正当トスル裁判」を提起しない場合、右危険は更に増大することになる。

勿論、借地人側でいくばくかの増額地代を供託すればよいのであろうが、その額の判断は容易ではない。

そもそも、適宜、供託額を増額する必要があるのかどうかにつき、同条第二項の規定する「相当」の地代については、前述の様に客観的に相当な地代ではなく借地人において主観的に相当と考える地代であれば足りるのであるから、従前地代額より減額した地代額の提供は別として、増額せずに従前地代額を維持して提供するについても、それが相当と考える限り何ら不当な問題は生じない。

むしろ、供託額が客観的な適正地代より著しく低額になる場合というのは短期間に急激な地代増額を認めるべき事由が生じたという例外的な場合を除いては、地代増額紛争が長期化している場合ということに他ならない。

それは通常貸主が裁判をせずに長期間放置している場合なのであり、これは同条の予想しないところである。即ち、同条第一項は増額請求権を明文によって正面から地主に認め、同条第二項は増額について紛争が生じた場合には、右権利を行使する前提として、地主に裁判を提起させ客観的に適正な地代を確定させて紛争を早期に解決させようとの趣旨なのである。換言すれば裁判による解決を地主において長期間放置している場合においては、少なくとも紛争解決に要する通常期間を経過したことについての不利益は権利者たる地主が負うとするのが、公平である。

即ち、借地人が従前地代を長期間、供託し、且つ地主が裁判を提起しない限りこの間の供託額については一応「相当ト認ムル地代」を供託しているものと地主において認めていると解するのが公平なのである。

従って原審のように「相当ト認ムル地代」の解釈につき、供託額と適正地代額との差額の程度、及び供託期間という客観的事由のみによって借地人に不利益に扱うのは明らかに借地法第一二条の趣旨を逸脱しているものである。

四 「相当ト認ムル借賃」についての先例

借家の事案ではあるが、借家人が従前賃料を一〇年以上も支払い続けたという事案につき借地法の定める「相当ト認ムル借賃」を支払っているかどうかの争いになったのであるが、裁判所は一〇年余も賃料が決定しないという現状に立ち至ったことについては契約関係の継続を否定し、家賃増額請求について適切な手段機会を利用しなかった賃貸人に過半の責任があるとし、更に、借家法第七条二項の法意すなわち当事者間に賃料増額の協議が成立していない場合の賃借人の賃料支払に賃貸人としては不満があっても、それを債務不履行という解除原因となしえないようにするため、賃借人は「相当ト認ムル地代」を支払えば足りるものとせられていること及び将来「相当額」が確定すれば「不足額」には年一割の割合による利息を付することとなっていること、又、同条項の解釈として、賃借人が「相当」と認めて支払った賃料額が後に確定される「相当額」を上回るとしても賃借人としては「超過額」の返還を請求しえず、むしろ、そのような額を賃借人が支払っていることが裁判所の「相当額」確定に影響しかねないと解されることなどを考え合わせると、借地人が自発的になにほどかを増額して支払うということは確かに望ましいことであったと言えるが、それをせずに「従前の額を支払い続けていたことを以って相当と認むる額を支払うべき債務の不履行があったとすることはできない」と判示している(東京高裁昭和五六・八・二五判例タイムズ四五四号九五頁)。

「相当ト認ムル借賃」の解釈につき、信頼関係理論を基礎とした総合的判断の下になされた判決として評価すべきものである。

五 原審認定の信頼関係破壊事由の検討

1 ところで、本件では、被上告人は地代増額請求を提起し、その訴訟継続中に自ら定めた増額地代を五日以内に支払えと請求し、右期間内に支払がなければ改めて通知することなく本件賃貸借契約を解除する旨の申し入れをし(<書証番号略>)右期間内に増額請求訴訟の判決あり次第、その判決によって確定した金額を支払う旨の返事をしたところ(<書証番号略>)、別途解除を有効として右地代増額請求訴訟の係属中に、更に建物収去土地明渡請求を提起したのが本件裁判である。

然し乍ら、上告人において、現に継続中の裁判で、且つ、近々判決がくだされるという状況において被上告人の主張する金額を直ちに支払わずに、裁判によって決まった適正地代額を支払いたいとの態度には何ら信頼関係を破壊するようなものはみられない。仮に、この時点で被上告人の主張する金額を支払ったとすれば有効に賃貸借契約は以後継続していたことになるが、たまたま裁判継続中であり判決が出るのを待ったばっかりに借地人に信頼関係を破壊する行為があったと評価するのは余りにも不合理な結果となる。

むしろ、まさに適正な賃料額がいくらであるかにつき、それを確定すべく裁判が継続している状況において、未確定の増額賃料を一方的に請求し、且つ支払がなければ解除するというような被上告人の態度は、その裁判で適正な賃料額が確定し、紛争が解決するものと期待している上告人の信頼を完全に裏切るものであって、極めて不誠実な行為といわざるを得ない。

2 上告人の供託した金額が適正な賃料額とかけはなれている度合いにつき、昭和五七年一〇月一日から同六二年六月三〇日迄供託していた賃料が適正賃料の約5.3分の一乃至約3.6の一と認定し著しく低いと判断している。

然し乍ら、増額請求にあたって本件のごとく従前の地代を一挙に3.3倍に増額し、以降右金額を基礎に増額請求を繰り返すという被上告人の態度は逆にどのように評価されるのであろうか。

そもそも、賃料増額請求に於いて、経験上それが認められるのは、二年乃至三年に五パーセントから一〇パーセントであるところ、本件の場合、仮に二年毎に一度一〇パーセントの増額が相当として供託した場合、昭和五七年当時には約一万二、〇〇〇円となり、適正賃料の約3.3分の一となるが、この場合も著しく低い金額ということになるのであろうか。それは、余りにも常識に反した結果となる。

次に、供託期間についてであるが、本件では別途係属中であった増額訴訟おける地代確定の時期については、昭和五七年一〇月以降の分からであってそれ以前の分については何ら対象になっていない。従って、それ以前の適正地代が不確定である以上従前地代を供託し続けているという事実につき、本件ように信頼関係の破壊事由の一つとして考慮するのは明らかに不当である。

即ち、原審は著しく低い賃料額を供託し続けたという期間に含めて考えているからである。又、五九年七月以降の供託についても少なくとも従前地代ではなく増額して供託しており、期間的にも従前地代のままというのは昭和五七年一〇月から同五九年六月迄の僅かな期間であり、信頼関係を破壊するというほどの事由でもない。更に、原審は上告人が隣地の賃料につき昭和四五年以降同五七年九月の賃料増額請求以前にも数度に亘った賃料増額請求がなされたことについて正確にはともかくほぼその大要を知っていたと認定しているのであるが、地代変遷状況を記載した書面として被上告人が提出した<書証番号略>を比較すれば、<書証番号略>の記載が誤りであることは一見して明らかであるにも拘らず、上告人が<書証番号略>に記載されているような事実をほぼ知っていたと認定するのは重大な事実誤認であり、経験法則に反していることも極めて明白である。

従って、かかる事実が信頼関係破壊の事由の一つとして考慮されているのは明らかに違法である。

六 結論

そもそも、本件は既に昭和五七年一〇月以降についての賃料増額請求訴訟が別途係属中であったところ、右判決に目を奪われた本件賃貸借の解除の有効性についての判断に当り、同五七年以前の事情について十分吟味することを怠ったため上告人が従前賃料を供託し続けているという事情のみに基づいて判決を下すという過ちを犯してしまったのである。

以上の事実からして、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違反ないし重要事項について判断を逸脱し、ひいては借地法第一二条第二項の「相当ト認ムル地代」についての解釈適用を誤った重大な法令違反があり、速やかに破棄されるべきものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例